ソウルに隣接する、京畿道(キョンギド)議政府市(ウィジョンブッシュ)は首都圏のベッドタウンだ。大田(デジュン)のような工場地帯でもなければ、釜山(プサン)のような観光地でもないここには、雪岳山(ソラクサン)国立公園の登山客が宿を取る以外、日本人など訪れることは滅多にないらしい。

知人にモーテルまで送ってもらうと、既に深夜であった。韓国人ビジネスマンのくせに酒が飲めない知人と別れ、一人、アルコールへの渇望を満たしに出掛ける。小さな街だが年中無休24時間営業はこの国民の常である。どこの国のコリアンタウンも、飲み食いする店に「準備中」は無い。送ってもらうときに車窓から目を付けていたウェスタンバーの扉を開けると、予想通りカウンターに居座って、ゆっくり飲めそうな店である。

金大中(キム・デジュン)が日本文化開放路線を取ったおかげで、若いバーテンダー達は、日本アニメやアイドルの話をしきりにしてくる。希な日本人客にちょっとしたサービスのつもりであろうが、こちらより彼らの方が詳しく、むしろ話に付いていけない。

三杯目を空けた頃に、カウンターの五席ほど離れた男が話し掛けてきた。おそらく彼が初めてバーで出合った日本人が、饒舌で愛想の良いことに興味を持ったのだろう。くれた名刺のロゴはどことなく見覚えがある。三十代半ばの男は、韓国中堅企業営業部門の管理職であるらしい。ひとしきり仕事のことなどを話した後、戦争の話になった。過去の不幸なことにより韓国人が苦しんだ。大変残念に思う。そう言うと相手は不思議がり、何故そのことを知っているのかと問うてくる。彼らの見る日本のニュース映像では、全ての日本人が正義の戦争であったと考えていることになっているようだ。

日本人が東アジア、東南アジアに飲みに行くと、行きずりの相手の反応は二つに一つだ。極端に気を遣ってこの話題を避けるか、彼らの「真実」を日本人に伝えようとするかだ。真実などあまり意味がない。数ある事実のうち、人それぞれ都合の良いものだけを集めたものを真実と呼ぶ。韓国で配信される日本のニュースだって、それだけで真実たり得るのだ。

話は原爆に及ぶ。アメリカが憎くないのかと。彼の日本への思いと、日本人のアメリカへの思いを対比しているのだ。今更、真珠湾と広島、長崎でアメリカ人と喧嘩するのは、漫画の中ぐらいのものだ。「戦闘に勝敗はあっても、戦争に勝者はない。敗者が残るだけだ」

だが、かなり酒の回った彼に、その理論は通じていないようだった。

そして最後に、「独島(トクト)は韓国と日本のどちらの領土だ」と聞いてくる。結局それか。「領土問題など政治的かけひきの話だ。我々がそのことで口論するのは実に愚かなことで意味がない」

酔った虚ろな目でウンウンと頷いて、「そうだその通り」と男はグラスを出して乾杯する。だが二分もするとまた、独島はどっちの領土だと聞いてくる。もはや男の思考は無限ループの中である。

朴正熙(パク・チョンヒ)、崔圭夏(チェ・ギュハ)、全斗煥(チョン・ドハン)と続く軍事政権の親日政策とは裏腹に、かつての侵略国を現在の仮想敵国として頭に叩き込まれてきた最後の世代であろうか。政権ではなく、民衆側がプロパガンダを必要としていた熱い時代でもある。

日本の総理大臣が、アジア各国との外交折衝がおこなわれるタイミングで度々靖国参拝をするのもプロパガンダである。韓国人に仮想敵国が必要でなくなった今でも、靖国参拝にある意図を知らずして、まんまとこれに乗せられた熱い世代が反日デモをおこなう。反作用として日本人の韓国への嫌悪感を煽る。中国にしても同じだ。国外の世論を利用して自国の世論を誘導するとは、相当な策士だ。十年後、我が国の世界での地位を見ることによって初めて、彼らの策が正しかったのかどうか検証できる。深淵だったのか阿保だったのか、今は判断の付けようがない。

そして、竹島問題も領有権の話ではない。埋蔵資源や漁業権などはむしろ些末なことではなかろうか。その価値は世論利用と、両国間の距離を調整する外交手段以外の何ものでもない。今のところ、愚かな「知識人」と呼ばれる人々を利用して、実質駐留している韓国を余所目に、一方的に日本の官僚と政治家がこの島をうまく働かせている。彼らには北方領土より使える島なのである。

そのうち男は、敵は中国であると言いだした。日本と韓国が手を組んで、中国に対峙すべきであるというのだ。酒でへべれけの彼の独島問答に対して肯定も否定も返さない、なんだか手強い日本人に、共通の仮想敵国を仕立てて領土の話を続けたいようだ。竹島が尖閣諸島にすり替わった。

現代の韓国社会システムは驚くほど日本に似ている。大陸を起点とする、元々同じ文化の移動経路にあったからというだけではない。車のナンバープレートにしても、日本と色違いなだけだ。朴正熙以降、韓国自身も驚異的な経済発展をしてきたにもかかわらず、半歩先に戦後復興を遂げた日本に対し、憎悪と羨望とをないまぜにした複雑な感情を抱いてきたのだ。嫌いながらも見習ってきたのだ。日本を嫌悪する彼らは、侵略ではなく、政略の被害者なのかも知れない。

男に話を振られてもこの不毛な領土の会話に関わってこない、バーテンダーのように若い世代はしたたかだ。彼らには、政略は通用しないことを願う。

テレビや新聞で見慣れた政治家とは異なる態度の日本人を見て、男は気分良く帰って行ったようだが、無限ループの思考の相手で酒が不味くなった。飲み直す店を探しに出た。

次の店は客が少なく、話相手はカウンターの中の、女のバーテンダーだけだった。三十そこそこに見える彼女が、果たしてさっきの男と同じなのか知りたくなった。よせば良いのに、それとなく話を振ってみた。
「そりゃあ私は韓国人だから、韓国領土だと言うしかないわ。あなたはどう思う?」
「領有権など些細な問題だよ。共に平和に利用すれば良いだけだ」
「そうね」

彼女にも、些細な問題だったようだ。飲み過ぎてはいけない。


(2007年頃に書いたものなので、当時の社会情勢を反映しています)

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